りっちぃの音楽ざんまい---------------◆ りっちぃの音楽ノート ◆
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あっ、みつかっちゃった。これからもよろしくm(__)m

スキッド・ロウに愛を込めて

  SKID ROW。ああ、なんてカッコいい響きの名前なんだ。おっと、失礼。私が彼らと始めて出会ったのは、ミュージックライフ1989年4月号の中だった。

  「イキのいいヤツら」と題された新人バンドをフィーチャーした特集で、バンドのギタリスト、スネイクは存在感を誇示していた。
この記事のなかでの彼のこんな発言が私をひきつけた。
「俺達は、みんな小さい町で育ち、学校とか権威になじめないハンパ者だった。(中略)俺達はうわべで人を判断するヤツら、型にはまった社会人にしようとする権威、そういうものにことごとく反抗し挑戦した。」なんか今どきの若者には「なにカッコつけてんの」なんて笑われそうだが、その時の私には心底「かっこいい」と思えたのだ。

  今から考えると、私自身がなれなかった”不良”に対する憧れのようなものだったのかも知れないけど、実社会に出て自分の思い通りにならない現実に対して嫌気が差していた時期でもあったので、彼の言葉に共感を覚えたのも私にとってはむしろ自然なことだったのかもしれない。

  SKID ROWのデビューアルバム「SKID ROW」を初めて聴いたときの衝撃は今でもわすれられない。
それは私が今まで聴いていた「安全な音楽」に対極する過激さをともなって私を一聴でノックアウトしてしまった。

「Big Guns」の「ジャーン!!」というインパクトある荒々しいオープニングから、「Midnight/Tornade」の夜の闇に消えていくような重々しいエンディングまでストレートに聴き続けた。そして言葉に上手く表現できないような感情が私を飲み込んだのだ。

   「こんな音楽があったのか-----------------------。」

  まさに目からウロコならぬ、耳からウロコ状態になったのである。

  私がすんなり入っていきやすかったのは、ハードなサウンドの中にもBON JOVIにも共通するようなある種のポップな親しみやすさがあったから。その上、シンガーのセバスチャンの新人とは思えない堂々とした生々しい歌いっぷりに一発でマイってしまったからでもある。
それ以後、CDをダビングしたカセットをウォークマンにつっこみ毎日通勤に連れて歩くようになった。

  1989年は、ロックを聴き始めて間もないころで、私はぴかぴかのロック1年生だった。
TVK系列で放映されてた「SONY MUSIC TV」もだんだんと見るようになっていた。その年の5月頃、彼らの特集が組まれ、その中でデビュー・シングル「YOUTH GONE WILD」のビデオが流された。最後の部分しか見たことがなかったので、1曲丸ごと見るのはその時が初めてだった。内容は、ガレージバンドの彼らがどこかの倉庫で演奏しているというシンプルなストーリーともいえないものだったが、シンプルであるがゆえに彼らの生き生きとした姿が画面いっぱいに躍動し、バンドの魅力がこれでもか、というくらいギュっと、見事にパッケージされていた。

  「かっこいい!!」文句なくそう思った。紙媒体では見てたけど、動く彼らを見たのは、それが初めてだった。SKID ROWは、私の目と耳とハートをがっしりつかんでしまったのだ。

  その頃、会社で普通のOLをしてたのだが、仕事が向いてなく自分の居場所がないようで、そんな現実に背を向けたかったせいもあって、一気に彼らにのめりこんでいった。(昼休みはずーっと、1人で、彼らのカセットを聴きまくり、今考えると、暗かったなーと思うよ。)

  だから、音楽雑誌を買い漁り、彼らのワイルドな噂が聞こえて来る度に、いったいどんなやつらなんだろうとまだ見ぬ彼らに夢中になっていった。


  そして、いよいよ、生スキッズに会える時がやってきた。来日が決定したのだ。チケット発売日の朝。チケットを買おうとプロモーター「ウドー音楽事務所」に電話をすると、もう売り切れたとのこと。どうやってチケットを購入するかも全く何も知らなかったのだ!
まさか、そんなにすぐ売り切れるなんて。ものすごいショックだった。もうチケットを手に入れるのは無理なのか、でもどーしても行きたい、「他には何も要らないからチケットが欲しい!!」と思いつめ心の底からそれだけを願い1週間が過ぎた。
  そんな思いつめた気持ちが通じたのか、神様が願いを叶えてくれた。キャンセルチケットが手に入ったのだ。
それはまるで奇跡のようだった。今でもあのときの嬉しさは忘れられない。(これを読んでるキャンセルしてくれた人、もしいたらありがとうございました!)

  1989年7月18日。大阪厚生年金会館大ホール。自分でチケットを購入した初めてのコンサート。知り合いも友達も誰もいない。でも、今日ここで彼らと会える!!と思うとそれだけでとても胸がいっぱいだった。
開演6:30。ステージに現われた4人は後ろ向きにすっくと立っていた。1曲目「MAKIN' A MESS」のイントロで弾かれたように前に向き直り、、アクションを決めまくる4人。この姿がもう、めちゃめちゃカッコよかった!!全然上手く表現できないのがもどかしい!!大好きな5人がすぐそばで演奏している!!(厚年前から9列目!!でした。)この事実にクラクラしてしまうくらいだった。ライブ中のフロントマン、セバスチャンはもの凄い勢いで、叫びまくり、暴れまくっていた。

  必見は、彼のマイクパフォーマンス。今でこそハンドマイク全盛のロック界だけど、彼はコードつきマイクのコードを持ちまるでプロペラのように観客の頭の上でマイクをブンブン振り回す。危ないっちゃ、危ないんだけど、もう私らは狂喜乱舞(ちょっとオーバー?)していた。当時のロックコンサートはダイブもモッシュもなかったので、ミュージシャンそのものが今よりクレージーだったのかもね(笑)
 コンサートのハイライトは「YOUTH GONE WILD」の大合唱。普通デビューしたてのバンドの曲なんて観客は知らないもんだけど、この日の観客は違ってた。「YOUTH…」が兄貴分BON JOVIの血を引くようなキャッチーなメロディーラインを持つ曲だから、コンサートに来ていた人はみんなこの曲を知っていたと言える位の大合唱になった。バズが「YOUTH GONE WILD!」の部分をファンに歌わせる時は観客席のライトがパーっと明るくなって、ホントに自分もこのコンサートに参加している、彼らと一緒の時を過ごしている、と気分は最高だった。

  強烈なライブの印象を残し、彼らはアメリカへと帰っていった。(あぁ、クラブチッタ川崎にも行きたかったなー)

  あれから十数年。一時は限りなく解散に近い状態だったけど、再び私らの前に戻って来てくれたSKID ROW。ヴォーカル、ドラムは変わったけど、彼らのアティチュードは昔のまま。

  歌は上手くないけど強烈な個性と魅惑(?)のルックスで、バンドの華となっていたセバスチャンが脱退し、新加入のヴォーカルジョニーはバンドから浮くことなく上手く溶け込んでいるようで、頼もしい。

  パンクとヘヴィメタルのミクスチャーの先駆者?ともいうべきSKIDSが、ヘヴィロック全盛の今、どれだけ受け入れられるのか、不安は尽きないが、新しいファンを獲得してシーンに生き残って欲しいと願ってやまないのである。


2003年10月15日


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